『選択本願念仏集』の論理と構造―法然の集合論―/研究論文アーカイブスの詳細ページ/浄土宗西山深草派 宗学会

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『選択本願念仏集』の論理と構造―法然の集合論―

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吉良 潤 (きら じゅん)

【筆者】 吉良 潤 (きら じゅん)

 

1936年(昭和11年)京都市に生まれる。
1962年(昭和37年)京都大学医学部を卒業する。
1972年(昭和47年)浄土宗西山深草派長仙院住職に就任する。
1990年(平成2年)同派宗学院教授、
2004年(平成16年)布教講習所教授、
2005年(平成17年)京都西山短期大学非常勤講師を経て、
2009年(平成21年)勧学を授与される。

 

 


 

 



『選択本願念仏集』の論理と構造―法然の集合論―


西山学会『選択集』研究会 (著)/Amazon




最近、西山学会『選択集』研究会が『選択本願念仏集』の論理と構造―法然の集合論―という、斬新な単行本を出版した。その内容を要約する。








一、『選択本願念仏集』の文献批判


現時点で最も信頼できる『選択集』は「法然院本」(延応版)である。これを研究すると、法然が九条兼実に進上した「根本正本」は前半は法然が、後半は證空が執筆したものであることが分かる。




二、『選択集』の構造論


減退においても選択集は現代においても、『選択集』は「根元正本」とは異なるテキストをもって出版されている。 その結果、『選択集』は正しく理解されて いない。 すなわち、 法然の意図が八百年後の現代においても、 誤解されているのである。


『選択集』は文章は短いけれども、 論旨は奥深く、 術語(名目)の定義は厳密である。 そして『選択集』の趣旨は進行につれて目まぐるしく発展する。 集合論を援用することによって、 初めて法然の撰述意図が明らかになる。


1 法然とデカルト
梅原猛氏は法然(1133~1212)を近代哲学の創始者であるルネ・デカルト(1596~1650)に比すべき人と考えられた。


2 法然の方法
法然が、『選択集』を著わした方法は「総別・与奪の料簡」である。


3 総・別、 与・奪の思考方法と集合論
法然は仏道修行を二つのグループ(集合)に分け、 求めるもの、勝れたものを「別」とし、 他のグループを 「総」(普通の仏道、 価値の低い修行)とした。 そしてさらに、 この「別」のグループを次の新しい基準(価値判断)でもって二つのグループに分け、 より勝れたグループ(集合)を選択した。 法然はこの作業を繰り返して、 効率よく多くの仏道修行の中から「念仏の一行」を抽出した。


4 集合論とは
「集合論」とはゲオルク・カントール (1845~1918) によって打ち立てられた数学で、 「無限」を取り扱う学問である。 カントールは対立する数学者クロネッカーの強力で執拗な反論を受けて、 精神に異常を起こして亡くなったといわれている。 しかし現在では数学者一般によって、《集合論は、数学の最も深い基礎によこたわるところの重要な分野である》と評価されている。 また論理学の分野でも、 根本的なものと認識されている。いろいろの概念には、 その概念にあてはまるようなものの全部をメンバーとするような集合が対応し、 さらに概念と概念との間の関係は、 それらに対応する集合と集合との間の関係に翻訳することができる。だから人が論理的に思考するとき、 「集合論」を知っているといないにかかわらず、 集合概念をもちいている。


5 集合論の入門書『選択集』
『選択集』を論理的な書物と認識するだけでは不十分であり、「集合論の入門書」として読まなければならない。


6『選択集』の与奪論理
ー、『選択集』は「奪門」と「与門」で構成されている。 「奪門」とはものごとを厳密に批判する立場であり、 「与門」はものごとを寛容に評価する立場である。
二、『選択集』の前半である初段から第七段までは 「奪門」である。 全ての仏道修行の中から、 末代の凡夫が修めることができない行を奪い去ってゆくと、 最後に念仏の一行だけが残る。
三、『選択集』の第八段から第一五段までは 「与門」である。 「奪門」において価値がないとされた念仏以外の「諸行」にもう一度新しい命を与えて、 「諸行」が 「念仏」を助成することを明かす。


7 法然の問題意識
仏の教えは「戒・定・慧」の三学である。 法然は「自分は戒・定・慧の三学の器でない」と悲観した。 しかし、 最後に善導大師の『観経疏』の「一心専念弥陀名号、 行住坐臥不聞時節久近、 念々不捨者、 是名正定之業、 順彼仏願故」に出会って、 自分は往生できると感激した。



三、 阿弥陀如来の教え(奪門)


1 諸行と余行の定義
法然は浄士門の中の念仏以外のすべての行を「余行」と定義した。また法然は、 一切仏教は「正定業」と「諸行」という二つの集合の和であるとした。
そして、 「余行」は 「諸行」に含まれる、 すなわち「余行」は「諸行」の「部分集合」であると定義した。


2 念仏の二つの要素
法然は 「正定業」である 「称名念仏」は「念」と「声」という二つの要素から成り立っていることを明らかにした。


3 第四段と第一二段の接続
第四段と第一二段は論述の上で連続している。 それなのに第五段から第一一段までの七段の隔てがある。 その訳は『選択集』は前半の「奪門」と後半の「与門」に別れているからでる。


4 前半「本」の意図
法然が 「安心」(阿弥陀如来の教え)を先に著述した意図は次の事項に要約される。
ー、 釈尊から遠く隔たった末代の我々衆生が実践.できて救われる 「行」は「念仏の一行」だけである。
二、 その念仏の本質は仏の大慈悲を念ずることである。
三、 法然は初段から第七段の 「蒋門」を善導大師の意によって、 廃立の立場で論じた。
四、 法然は前半の最後の第八段において、 「三心」という信仰心が念仏行に不可欠あると説いた。



四、 釈迦如来の教え(与門)


1 『選択集』の限界
「念仏の一行」(念+声)には仏に選択された「行の意義」が残されていた。 「念仏の一行」は仏から与えられたものであるが、 衆生の側から積極的に働きかける行であることに違いはない。法然が流罪から帰って勝尾寺に滞在していたとき、 7 8歳で最終的教義である「勝尾寺での法門」に到達したのである(1210)。このことは近い将来に、 単行本として出版する予定である。


2 まとめ
ー、 法然の術語(名目)は「集合論」を適用するとよく理解できる。
二、 法然の論理は「総別・与奪の料簡Jである。 すなわち「集合論」である。
三、『選択集』は「本」(阿弥陀如来の教え)と「末」(釈迦如来の教え)の二部構成である。 すなわち善導大師の二尊教に則っている。



 

 

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